東西線5000系電車の思い出

適当な個人的なメモ。覚えてること、記録した事を忘れないうちにまとめておく。

晩年の10連(8M2T)

←中野

西船橋→

クモハ

モハ

モハ

モハ

サハ

モハ

モハ

モハ

モハ

クハ

中間のサハは5900だが、10連化時に余った電動車(5200など)を電装解除した車両も多かった。番号は変わらず。

記憶に残る変な編成

・ 90番・・・末期に生き残ったアルミ車、行徳の車庫で3連化。留置中。
・ 97番・・・末期に生き残った千代田線転属組、行徳の車庫で3連化され留置されていたが、後に解体。
・ 冷房化前ステンレス車の中にアルミ車を挟んだ妙な編成があった。

その他

・ まだ千代田線の支線で生きてます。
・ 竜巻によって荒川の橋で転覆し、新聞の一面を飾った。
・ 2006年後半以降に廃車された車両は海を越えてインドネシアへ。
・ 戸袋のある車両と無い車両があった。編成中でもごちゃごちゃ。
・ 3連、(ごちゃごちゃ)、7連、10連と編成が増えていった。編成の番号ばらばらの理由。
・ 冷房化したら下回りも変わりました。
・ 解体は行徳検車区の奥で行われた。
・ 南砂町の公園に車両の一部が・・・。

5000系のいろいろな姿


行徳の車庫へ入庫。アルミの編成もいた。


非常にシンプルな運転台。


地下ではあまり明るい車内とは言えなかった。


営団の最末期。Sマークがはずされた。


5000系から改造された東葉高速1000形電車。


お別れヘッドマークは引退1ヶ月以上前から装備された。


新木場に残っていた千代田線支線用車両。


現在ではアルミの3連2編成が支線で活躍している。


こんなイベントもありました。


イベントではなんと、開業時の花電車を再現。

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